教えて!『無形資産』の築きかたVOL.12(上)「野遊び×健康×まち」

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健康な100歳「百寿者」を目指し、定期的に人間ドックを受診したり、心臓、歯、目など弱い部位は個別にメンテナンスをしています。それでも、頭痛や肩こり、心の不調に時々悩まされます。身体や心のあれこれを抱えているまんなか世代は私だけではないでは。そんな悩みを生活の中で気軽に相談できる「まちの保健室」を展開しているのが、豊田市役所の保健師、西田悠一郎さんです。

人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を今からコツコツと蓄えていきたい。そこで、『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えている豊田市役所の西田悠一郎さんにその秘訣をお聞きします。

西田悠一郎さんプロフィール
兵庫県出身。看護師、保健師、介護支援専門員
アメリカで出会った絵描きの両親が、昔ながらの日本に住みたいと足助に移住。野遊びしながら幼少期を過ごす。阪神淡路大震災をきっかけに医療を志し、大学卒業後に保健師として豊田市役所に就職。精神、難病、高齢者施策に携わる。多くの障がい者や難病患者、要介護者と接する中で地域の生活の中での予防的介入に関心を持ちコミュニティナース実践講座を受講。2020年1月からまちの保健室をゲストハウスkabo.で開始。一般社団法人野遊びリーグ東海チームの監督として、「野遊び×健康×まち」事業を展開する。炎分補給を求めて焚火発作に襲われることが最近の悩み。


-保健師になったのは、どうしてですか。

精神的なケアを地域でやりたいと思っていました。

-精神的なケアに興味があったんですね。

画家の両親のもとに長男として生まれました。両親はアメリカ留学中に出会い、帰国後に日本らしいところで過ごしたいと愛知県足助地区の山奥に引っ越しました。名古屋から車で2時間ほどかかる場所です。川や山で遊び、母親の絵の具と筆を借りて、拾ってきた石に色を塗って遊んでいました。わさびを摘んだり、虫を捕まえたり。屋根は茅葺で、薪でお風呂を沸かします。生活そのものがキャンプみたいな子ども時代でした。

-西田さんの「野遊び」の原点ですね。

両親の実家である西宮に帰省した時に阪神淡路大震災を経験しました。父親は絵描きで定職に就いていなかったため、支援物資の調達を行うNPO法人を立ち上げ、足助に戻って来ました。2000年の東海豪雨、2004年の新潟中越沖地震等の災害支援をしていたことが原因なのか、精神的に落ち込み引きこもるようになりました。朝、布団から出てこない、リビングの家具が庭に投げ捨てられていることがありました。高校2年のときに両親は離婚しました。中学生の頃から父親が精神的に不安定なのは感じていました。自分にもっと知識があったら、父の心の病や両親の離婚を防げたかもしれないと思いました。精神的なサポートの知識をつけたくて、看護の道を選びました。

-そうでしたか。

行政とか、病院で相談は受けていますが、それでは十分ではありません。いつも行っているスーパーやちょっとしたカフェのような、生活に近い場所で働いている看護師などの専門家が悩みをキャッチして解決策に繋げていく。そのためにどうしたらいいかと考えていた時に「コミュニティナース」に出逢いました。

-「コミュニティナース」ってなんですか。

矢田明子さんの本で知りました。コミュニティナースとは「地域の人の暮らしの身近な存在として『毎日の嬉しいや楽しい』を一緒につくり、『心と身体の健康と安心』を実現する人々です。その人ならではの専門性を活かしながら、地域の人や異なる専門性をもった人とともに中長期な視点で自由で多様なケアを実践する人材」です。

同時期に、人の繋がりで地域を良くしていく考えの「社会的処方」、「ポジティブヘルス」という考えを知りました。ポジティブヘルスは「健康とは、社会的・身体的・感情的問題に直面したときに適応し、本人主導で管理する能力」と定義されています。社会的処方とは「薬ではなく地域での人のつながりを処方することで課題を解決する方法」です。今までの「待ちの医療」ではなく、「街に出て、対話しながらその人らしさを育んで行こう」という考えが広がっていました。

コミュニティナースとは
https://community-nurse.jp/

-ゲストハウスkabo.でまちの保健室を始めたきっかけは。

ゲストハウスkabo.のオーナーに「コミュニティナース」を始めたいと相談しました。ゲストハウスkabo.のクラウドファンディングを活用した薬局の跡地のリノベーションを少し手伝いました。大学の後輩が岡崎でコミュニティナースの活動をしていたので、連絡を取って情報を集めました。2020年10月に雲南市でのコミュニティナースの実践講座に参加しました。

-実践講座を受講してから始めたんですね。

そうです。「ゲストハウスkabo.」で第2、4土曜日の月2回、まちの保健室を開催しています。地域のイベントに呼ばれて開くこともあります。たまたま、ゲストハウスkabo.にコーヒーを飲みに来た方ともおしゃべりしています。スマホの話題からヘルスケアアプリを見せてもらうと3000歩くらいしか歩いていなかったので、通勤方法を尋ねました。その方に「どのくらい歩いたのか、また話に来てください」と声をかけているうちに、毎日1万歩も歩くようになりました。

-ほかにどんな相談がありますか。

痛みや乳がんの相談や近隣の精神的な病をお持ちの方のことを気にかけているという相談など、想像していた以上に幅広いです。

-すべての相談に対応できるのですか。

仕事で管轄して分かることはその場で話します。すぐに分からないことは人の繋がりで知り合いの先生に確認したりして、解決策を伝えています。

-専門家の方とのネットワークはどのように築かれましたか。

介護、福祉、医療の分野の方とは市役所の仕事を通じて出逢いました。僕のコミュニティナースの活動を面白がっているドクターや地域包括ケアセンターの方が応援してくれています。子ども食堂の手伝いもしているので、社会福祉協議会とも繋がっています。

-相談内容はまとめているのですか。

報告の義務はないです。コミュニティナースを増やすために、グットストーリーや失敗を積み重ねて実装を目指していることもあり、相手方の了解を得て記録をしています。

-コミュニティナースって、理想の形ですか。

そうですね。生活に近いところで相談にのって、その人や家族の生活をサポートするということですから。僕が困っていた中学生に戻って、コミュニティナースに出逢えていたら、話していたかなと思います。あり方としては僕の理想の形に近いですね。

-今後どのように展開したいですか。

地域にコミュニティナースを増やして、拠点をきめ細かく作りたいです。そのために、コミュニティナースの実践講座を豊田市で企画したいです。より多くのコミュニティナースが心と身体を応援できる地域づくりをしていきたいです。

中編に続く


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〜執筆者プロフィール〜
上木 宇宙(うえき そら)
まんなか世代の公務員。
元気な100歳、『百寿者』を目指しています。
健康第一、85歳までは働き続けたい。
定年後、私ができる仕事はなんだろう?
人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を蓄えていきたい。
『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えている方にその秘訣をお聞きします。
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