教えて!『無形資産』の築きかたVOL.16 広報×江戸文学×起業

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元さいたま市役所の藤田智子さん。「PRプロデューサー」なる肩書にふさわしく、ついつい読まずにはいられない、Facebookでの情報発信に興味を惹かれました。

人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を今からコツコツと蓄えていきたい。そこで、『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えて、次の道に進まれた藤田智子さんにその秘訣をお聞きします。

 

プロフィール

地方公務員として博物館など文化施設を中心に20年勤務。前職での経験と資質を生かし、店舗、中小企業の広報をバックアップするPRプロデューサーとして独立。

fujitomo-pr
https://fujitomo-pr.com/


 

-さいたま市役所には、学芸員として就職したのですか。

大学は京都で、古代史を学んでいました。本当は関西で就職したかったんです。「学芸員の仕事をするなら市役所」と大学の先生に言われて、地元に戻ってきました。当時、学芸員の採用枠はなかったので、行政職として就職しています。

最初の職場は、大宮に文学館を新設するという部署で、学芸員的な立場で配属され、プレ事業の現代短歌新人賞の担当を、入庁してすぐに任されました。その職場では、イチから事業を立ち上げる経験ができました。

 

-ずっと学芸員的な仕事だったんですか。

はい、そうですね。さいたま市立博物館では、江戸の文芸の展示などを好きにやらせてもらいました。次の職場の民家園は、年間100校くらいの市内の小学生が訪れる施設でした。ボランティアさんとともに、小学生の受け入れの対応をします。当時の上司がその仕組みを立ち上げた方で、いろいろ教えてもらいました。ボランティアさんと一緒に、事業をするのは楽しかったです。その当時、私が立ち上げた講座が、今も継続しています。市役所では、どこの職場でも仕事を任せてもらったので、ゼロからイチにする仕事をたくさん経験できました。

 

民家園のボランティア
https://www.city.saitama.jp/004/005/004/005/003/008/p002543.html

 

-育休はどのように過ごされましたか。

子どもは3人います。それぞれの育休でいろんなことがありました。一人目は育児自体が楽しくて、ママ友に誘われるままに、いろんなところに出かけました。仕事では会わないような人にもたくさん出会えたり、パン作り教室に行ったりしました。

二人目の時は、子どもを産んだ助産院に入り浸りました。職場に復帰してからも、助産院の講座のボランティアをしていました。そこで、個人で仕事をしている知り合いに、たくさん出会ったことが、今に繋がっています。

三人目は、妊娠前から大学院への入学が決まっていました。大学院のそばに保育園を見つけ、出産後は預けながら、江戸文学を学びました。復帰してからも、修士から博士課程まで、7年くらい大学院に通いました。そのうちの1年間は、法政大学の学長であった田中優子さんの学長室に通ったりもしましたね。

 

-江戸文学は、いつから興味があったのですか。

職員研修で、さいたま市の歴史についての講師をしていました。その中で、江戸の暮らしが、今と繋がっていることを知り、江戸時代って楽しいなって思いました。中山道は国道17号として、今も活用されています。見沼田んぼも江戸時代にできたものです。江戸を知っていると、今に繋がる奥深さに気づきます。古代や縄文、弥生の文化で今に繋がるものもありますが、今の都市計画的なものの起源は、やはり江戸時代ですね。

博物館での仕事を通じて、江戸時代の中でも、特に文学が面白いと思うようになりました。県で学芸員として採用された方と違って、私は行政職で採用されています。そのため、予算や会計処理、施設の草むしりなど幅広い仕事をします。だから、自分で意識して研鑽していかないと、学芸員的な専門性は高められません。そんな思いから、大学院に通い始めました。

 

-退職されたきっかけを教えてください。

ずっといい方たちに囲まれて、仕事をしていました。仕事には希望しかありませんでした。数年前に正職員が2名の小さな施設に異動したことで、それが一転しました。当時はそう思っていなかったのですが、内示直後から、いわゆるハラスメントを受けました。“その人”は前から組織の中で関わりがあって、根も葉もない私の悪い噂を言いまわっていたことは知っていました。同じ職場になって、直に嫌がらせを受けて、心身は敏感に反応しました。異動して一月も立たないうちに、人事に足を運び、辞職を申し出ました。この先ずっとどこかで顔を合わせるであろう“その人”が変わることはないと考えたからです。ただ、当時の人事担当の対応は素晴らしく、しばらくはやり過ごすことにしました。しかし、翌年も体制は変わらず、組織への不信感、不満が生まれました。

 

-それは辛かったですね。

その施設で3年目の春、ようやく上司が替わりました。驚いたことに一層、悩みが深くなりました。事務室の椅子が濡らされたり、消しゴムのカスなどが机に置かれ続けました。2人続けて問題を起こす私が悪いし、恥ずかしい、とも思いました。現場に勤務をしていない組織の長は、事件を起こした当事者が“次のその人”であるという絶対的な確証がないからと対策を講じることはありませんでした。仕事自体は大好きでしたが、明け方に目が覚めては、何度も泣きながら退職届を書きました。どれだけ仕事を好きか思い知りました。

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-その職場の時に、退職されたのですか。

いえ、違います。その後、ようやく違う部署に異動して、その施設から離れることができました。勤務して21年目の春でした。一度折れた心は、新しい部署で回復はしませんでした。その年に退職することしました。

 

-大変なご経験をされていたんですね。その後「PRプロデューサー」として、起業されましたが、どんなことをしているのですか。

お客様によって、私に求めるものは違います。市役所の時も、人に言われるとやっちゃうことがありました。今もそれをやっている感じです。チラシを作ることもありますし、メディアに出すためのプレスリリースを書いたりします。広報する際に、どこのメディアが合っているのかを考えて繋いだりもします。社内で広報部門を立ち上げたいからと相談されて、コンサル的に関わることもあります。

 

-市役所の時の広報のノウハウを活かしていのですか。

文学賞や博物館の展示のPRのために、記者クラブだけでなく、直接記者に送っていました。今やると怒られるかもしれませんけど。市役所内の民間の広報プロデューサーにも、よく相談に行っていました。少しでも良いものを作りたいので、そこで聞いたアドバイスをいろいろ試していました。

 

-起業に向けて、どんな準備されましたか。

埼玉県の創業ベンチャー支援センターの講座に参加しました。そこで出会ったメンバーとは、今も繋がっています。県の講座を受けるまで、起業って、世の中から支援されていることを知りませんでした。私が勝手に起業しているのに、こうやって支援してもらえるんだって驚きました。それから、退職する直前に、民間のPR塾を受講しました。ずっとメルマガを購読していて、大学院を卒業したら、受講しようと思っていました。その時は起業のためではなく、市の仕事のためにですけど。

 

-「PRプロデューサー」として、起業することにしたんですね。

この仕事ならできるかなと思いました。大学院で学び、仕事でも関わっていた江戸文学ではお金にはなりません。組織で働くのはもういいかなと思っていたので、企業への就職は考えませんでした。自分で何かをして、お金のやりとりすることを経験してみたかったんです。

 

-公務員の経験は、活かされていますか。

補助金を活用しているなら、ここで広報したほうがいいとかの勘どころが分かります。広報のために電話をして、依頼することにはためらいがないですね。それと、市役所で事務全般をしていたので、個人事業主として必要な経理や契約関係は抵抗がないです。

 

-これからの公務員へ一言をお願いします。

行政しかできないことがあるので、その立場を活かして、どんどんチャレンジしてほしいです。

 

宇宙(そら)の無形資産帳簿

藤田さんが大好きだった市役所の仕事を辞めた経緯を聞いて、そんなこともあるのかと悲しくなりました。今の藤田さんはこれまでの経験を活かして、新たな出逢いや仕事を心から楽しんでいます。藤田さんのPRの力で、その方たちのサービスが必要とする方に届けられているかと思うとわくわくします。

藤田さんがご経験されたようなことが起きる職場は本当に残念です。ノーハラスメントであることはもちろん、心理的安全性の高い職場づくりをリーダーこそはしていかなければならないはずなのに。まずは私自身から。職場やメンバーとの関係で悩みながらも、実践していきたいです。

 


〜執筆者プロフィール〜
上木 宇宙(うえき そら)
まんなか世代の公務員。
元気な100歳、『百寿者』を目指しています。
健康第一、85歳までは働き続けたい。
定年後、私ができる仕事はなんだろう?
人生100年時代、貯蓄などの有形資産はもちろん、お金に換算できない、友人関係や知識、健康などの『無形資産』を蓄えていきたい。
『公務員』という生き方をしながら、『無形資産』を蓄えている方にその秘訣をお聞きします。
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