知りたい:「根拠のない帝王切開」が起きない社会へ

リプロ・リサーチ実行委員会は、新型コロナウィルス流行中の各国の施設状況、周産期ケアの地域比較調査を目的としてアンケート調査を行い、日本の産科医療の現状についての政策提言を行っている。近い領域で活動している者として、同委員会の報告相談会に参加した。(細田恭子)

■リプロ・リサーチ実行委員会の調査と提言

同委員会は、国内外で産婦人科医療•助産に関わる医療者•支援者、家族問題の研究者など有志のグループである。2022年4月25日、厚生労働省母子保健課に、2021年秋から行ってきた調査の結果をもとに、科学的根拠に基づいた診療と産科ケアを求める提言を、賛同者の1万を超す署名とともに提出した。
提言の要点は
①新型コロナウィルス診療の手引きとホームページ上の一般向け Q&A の見直し
②女性の経験に関する公的な実態調査
③全産科・産婦人科医療機関の実態調査
の3つである。

この活動を受けて、2022年5月23日に同委員会は報告相談会を開催した。報告の中でも、日本の現状における問題点として挙げられたのは次のような事柄だ。
A.出産の医療介入増加
B.立ち会い・付き添い出産と入院中の面会の制限
C.母子分離・母乳育児環境の変化
特にA.については「コロナ下の妊婦に根拠なく帝王切開するのはやめてください」というアピールとして強調されている。

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知りたい:コロナ禍の産科医療に大問題「根拠なく帝王切開をするのはやめてください」(2022/04/30古川晶子)

■帝王切開ママの会で聞いた声から
私は2000年から帝王切開で出産した女性の心のケア「帝王切開ママの会」の活動を通じて、日本各地で延べ3000名を超す女性の声を聞いてきた「帝王切開カウンセラー」である。またそれらの声を医療者、支援者に届ける「帝王切開講座」も行っている。今回の報告と提言の内容には、私がこれまで聞いてきた声に通じるものが多々ある。それぞれの項目に照らして紹介したい。
A.出産の医療介入増加
帝王切開という出産方法について、女性たちは「健康上必要なのか」「この手術に根拠はあるのか」を判断する方法を持たない。主体的に選択するために必要な帝王切開の情報が母親学級等でほとんど提供されていないため、医療者ではない自分には選択など不可能であると思い従うしかない。また医師からの「赤ちゃんのために」という言葉によって「わが子の命を守ることを優先する母親像」に誘導される。
B.立ち会い・付き添い出産と入院中の面会の制限
経膣分娩から緊急帝王切開に切り替わった際に、立ち会い出産を断られ、出産方法の変更による不安と願いが叶わなかった残念さという思いを味わう。「帝王切開ママの会」では、その気持ちを何十年にもわたって引きずっている女性に多く出会ってきた。また、術後の入院中、お腹の傷の痛みで、起き上がることもままならない時期を、面会もなく1人で過ごした女性が、夫に「帝王切開はラクだね」と言われ、その後の夫との関係に溝が生じてしまった例もある。
C.母子分離・母乳育児環境の変化
帝王切開の後はお腹の傷が痛くて赤ちゃんを思ったように抱けないため、「母なのに抱っこしてあげられない自分」を責める感情が起きた、という声を多く聞いてきた。それは自信喪失につながる。ある女性がこんなことを話してくれた。「8歳の息子が反抗期で話をしてくれないことが増えてきました。それは帝王切開で出産して5日間、一度も抱っこしてあげられなかったからだとずっと思っていました」帝王切開で失われた自信は、しっかりケアされないと、何年たっても回復できないのだ。「この子は本当に私が産んだ子だろうか」という気持ちを持ち続けている女性、「あの体験がなかったら産後うつにはならなかったと思う」という女性も多い。

今回の調査では「A出産の医療介入増加」として帝王切開が急増していることがクローズアップされた。帝王切開をキーワードに活動を続けてきた私にとって、この調査内容を開示していただけたことは本当に感謝でしかない。コロナ禍にオンラインという場で海外と容易につながることができ、情報が次々と入ってくると、日本の出産事情はこんなにも世界の標準から遅れているのだと驚きの連続であった。同時に、私自身がこれまで「帝王切開ママの会」を行いながら感じてきた心のケアの必要性への確信をあらたにした。

■悶々とした思いと今後の議論への希望
私は、2度の流産の後、3人の娘を帝王切開で出産した。第一子は胎盤機能低下による緊急帝王切開であった。連休前であり、17時以降まで判断を待ってもらうことはできなかった。根拠があったのかなかったのかはわからないが、怖さと無力感が残ったことは事実である。そして赤ちゃんが無事に産まれてきてくれたこともまた事実。私自身も判断する方法を持たない産婦の一人だった。そんな私には、日本社会の「当たり前」をそのまま思いこんできたことが、出産に限らず多々ある。それはわかっているが、自分が経験した帝王切開を「根拠がなかったのかも」とは思いたくない、という悶々とした思いがある。「帝王切開ママの会」でお会いする女性たちも多かれ少なかれそう感じるのではないだろうか。

「帝王切開ママの会」参加者から次のようなメッセージをいただいたことがある。
「帝王切開という方法がイヤだったんじゃない。そこに付随する孤独や無力感、自責感が辛かった」

「根拠のない帝王切開」は、当然あってはならない。帝王切開の手術は体に10センチの傷がつき、瘢痕の痛み痒みや癒着で苦しんでいたり、傷を誰にも見せられず、夫婦生活にもその後の家族形成にも影響することがある。
今回の調査で明らかになった「コロナ禍の帝王切開」の問題は、日本の産科医療において、女性に対する情報提供の乏しさが改善されてこなかったことが大きく関わっていると思う。報告相談会で紹介されたような「帝王切開になるとは思っていなかった」「心の整理ができない」と涙する女性は、コロナ禍以前にも多くいたのだから。
調査によってクローズアップされた帝王切開についての議論が、「コロナ禍」にかかわらず継続されることを強く希望する。

リプロ・リサーチ実行委員会(公式サイト)

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